まるもり仕事図鑑では、町の資源やカルチャーに光を当て、ビジネスの種となり得る魅力をご紹介していきます。
今回取り上げるのは、丸森町の観光スポットとしても近年注目を集めている「猫碑」。かつては町の人々の記憶からも薄れつつあったこの文化が、いま再び町おこしの軸として息を吹き返しています。
【お話を聞いた方】
丸森町観光案内所
小野 統(まとむ)さん
2015年より丸森町観光案内所に所属。主にグリーンツーリズムの推進に携わる。町内の猫碑を巡るツアー「小道さんぽ」のガイドも務める。

猫と生きた町の記憶
丸森町で神社を訪れると、参道脇や境内の一角に供養碑のような石碑を見かけることがあります。よく目を凝らすと、そこには猫の姿や「猫」の文字が彫られています。こうした猫碑は全国に307基あるとされていますが、そのうち実に84基が丸森町に集中しています。
町内で最古の猫碑は1810年頃のもの。そこからおよそ100年ほどの間に、次々と建立されていったのではないかと考えられています。背景にあるのは、養蚕が盛んだった時代の暮らしです。最盛期には約2,000戸もの農家が養蚕に携わっていました。
蚕を育てるうえで大敵となるのがネズミ。そのネズミを退治する存在として、猫は養蚕農家にとって欠かせないパートナーでした。猫碑は、かわいがっていた猫が亡くなった際の供養として、あるいは養蚕の豊穣を願って建てられたのではないかといわれています。なかには、飼い猫の健やかな成長を祈願したと見られる石碑も残されています。丸森町は花こう岩の産地であり、石材を比較的容易に入手できたこと、また石工が身近な存在だったことも、これほど多くの石碑が残った理由の一つかもしれません。
彫られている猫たちの姿も実にさまざまです。背筋を伸ばして座る猫、香箱座りのような猫、スフィンクスを思わせる猫。それぞれの家で共に暮らしていた猫の姿が、忠実に刻まれているようにも感じられます。一基一基に個性があり、巡るほどに味わいが深まります。
ひっそりと息づいていた文化
猫碑が町の観光資源として注目されるようになったきっかけは、猫碑研究者の石黒伸一朗さんが町内の石碑の拓本を取りまとめ、2012年に冊子を刊行したことでした。それまで猫碑は、町内でもすっかり忘れられた存在だったといいます。しかし冊子の刊行を機に、「それなら、うちにもあるよ」と新たな石碑が次々と見つかっていきました。
観光案内所でもこの流れを受け、猫碑を軸に町を盛り上げようと少しずつ働きかけが始まりました。そこから、地域の事業者やつくり手がそれぞれの形で、猫をモチーフにしたお菓子やグッズ、キャラクターを手がけるようになっていきました。あわせてインバウンド向けのパンフレットにも町の名所として猫碑が紹介されるようになり、猫碑は少しずつ「丸森らしさ」を象徴する存在として認識されていきます。
こうした猫碑をめぐる動きが生まれる一方で、町の観光を取り巻く状況は変化していきます。
里山観光の転機に見えたもの
令和元年東日本台風により、それまで町の観光コンテンツとして親しまれてきた里山歩きは多くのルートが被災し、立ち入りが困難な状況となりました。自然の中を歩く体験は丸森町の観光を彩る魅力的なコンテンツでしたが、継続が難しくなり、町の観光は新たな切り口を模索せざるを得なくなります。そうした中で着目されたのが、点在しているものの被害の影響を比較的受けにくかった猫碑でした。
「猫神さまなら、安全に観光をご案内できると思ったんです。それまでも地元の詳しい方や石黒さんに案内をお願いしてきましたが、やはり自分たちでもできるようにならなければと感じて。そこで石碑についての研修会を重ね、“小道さんぽ”を始めるようになりました。」
丸森町と猫の深い関わりが知られるようになるにつれ、猫に関連した事業を立ち上げるために町外から移住し、起業する人も現れます。さらに、町の公式キャラクターを決める町民投票では猫をモチーフとしたマスコットが選ばれ、猫を軸とした町おこしのムーブメントは一層広がっていきました。
文化を伝え直す試み
こうした流れの中、2022年には観光案内所の企画によって「猫神祭」が開催されます。
「猫のモチーフやグッズが町内で盛り上がりを見せているものの、観光客の方は『なぜ丸森では猫が有名なの?』と、その背景を知らない方もいるんです。だから改めて、文化的な面にも目を向け、暮らしに寄り添ってきた風習や猫神さまを大切にしてきた、かつての人々の気持ちなどを伝えていきたという思いがありました。」
猫碑が建てられた理由については、いまだに分からないことも少なくありません。自分が稼いだお金を投じてまで、なぜ石碑を建てたのか。その動機について明確な答えは残されていませんが、いまの私たちの暮らしや価値観に照らしてみると、当時の人々の思いの深さが、より実感を伴って伝わってきます。
「石黒さんは『丸森の人は優しかったんじゃないかな』とおっしゃるんですが、そういう”人の心の形”がここで見て取れるのではないかと思います。」
猫神祭では、猫碑のパネル展、猫碑を巡るツアー、研究者を招いたトークショーなど、多彩なコンテンツが展開されました。あわせて猫グッズを販売するマルシェも開催され、来場者数は初年度350人から、翌年1,100人、2025年には2日間で4,800人にまで増加。人気イベントへと成長しています。


いまに重なり、ひらかれる文化
広く知られるようになったものほど、その成り立ちや背景が置き去りにされてしまうこともあります。だからこそ、なぜそれが生まれ、どのように大切にされてきたのかに、あらためて目を向けてみたくなります。丸森町の猫碑は、文化を起点に人を呼び、町に関わる人を増やすとともに、新しい商品や事業が生まれるきっかけにもなってきました。
かつてこの町で確かな意味を持ち、暮らしを支えてきた文化が、いまの時代に引き寄せられ、あらためて息づいている――そのプロセスは、CULASTAが大切にしている、カルチャー&スタートアップの関係性そのもののように感じられます。
ー 第5回猫神祭 ー
日時:2026年2月21日(土)-22日(日) 10:00-15:00
会場:不動尊クラインガルテン クラブハウス周辺
お問い合わせ:丸森町観光案内所 0224-72-6663
文 / 山下久美